ジェンダード・イノベーションとは?注目されている背景と導入事例
- 2023年9月8日
- 2023年9月12日

社会学的性別や生物学的性別の差が考慮されず、製品開発が進んだことで、女性にとって使いづらい製品が存在したり、男性にとって不向きな製品が存在したりすることがあります。これらの問題を解決するのが、ジェンダード・イノベーションです。
本記事では、ジェンダード・イノベーションを行うことでどんな未来が得られるのかを、事例を交えてご紹介します。
この記事の目次
ジェンダード・イノベーションとは

ジェンダード・イノベーションとは、性別の差を考慮し、イノベーションを作り出すことです。
これまでの研究開発では、社会学的性別や生物学的性別の差が考慮されず、開発が進んでいた事例がありました。
その結果、不利益を被る人が発生し、中には命を落とす原因につながったケースもあります。現在ではこういった事例を防ぐために、ジェンダード・イノベーションを取り入れ、さまざまな商品開発が進んでいます。
ジェンダード・イノベーションが注目されるようになった背景

ジェンダード・イノベーションが注目されるようになった背景には、過去に起こった複数の事例が関係しています。過去に起こった女性特有・男性特有の事例についてご紹介します。
ジェンダード・イノベーションのきっかけになった女性特有の事例
たとえば、自動車のシートベルトの衝突実験では、男性を模した人形が使用されていました。これが原因で、女性ドライバーが事故にあった際の重症率が高くなったり、 妊婦が事故にあった際の胎児の死亡率が高くなるという結果が起こったのです。
医薬品の開発事例では、動物実験や臨床実験の際に被験者としてオス・男性が採用され、実験が進められていた時代がありました。その結果、成人男性にとって適量な医薬品が、成人女性にとっては適合しない事例が発生しました。また、女性にとって健康上のリスクが高い薬が存在するきっかけにもなっています。
ジェンダード・イノベーションのきっかけになった男性特有の事例
男性への影響が考慮されなかった最たる例が、骨粗しょう症です。今まで骨粗しょう症は女性特有の疾患であるという考えがあり、骨折予防の臨床実験は男性が対象外とされてきました。しかし、骨粗しょう症が原因の股関節骨折患者の約3分の1は男性であり、この疾患が原因で死亡するケースは男性が多かったのです。
ジェンダード・イノベーションの事例

現在では様々な分野において、社会学的性別や生物学的性別の差を考慮し、ジェンダード・イノベーションがなされています。分野ごとの事例をご紹介します。
農業領域の事例
農業機械の中には、女性にとって使いづらい構造をしたものがあります。たとえば女性の場合、重機の操縦ペダルに足が届きづらく、使いづらいなどの声がありました。井観農機株式会社では、農林水産省の「農業女子プロジェクト」の一環で、女性が使いやすい耕うん機を開発。
女性が操作しやすいように、以下の点に配慮して設計されています。
- 腕の長さを想定してハンドルレバーを長めに設計
- 長時間の作業でも疲れにくいようシートを設計
- 機械に不慣れな人が使いやすいようにエンジン始動手順のラベルを搭載
- 日焼け対策となるサンバイザーを搭載
- 安全に乗り降りができるようグリップを搭載
上記の工夫を施した耕うん機を開発することで、女性が安全に楽しく農作業できる環境が実現されました。また、これらの取り組みは男性やシニア世代にも好評であり、幅広い支持を得ています。
教育領域の事例
教育領域では、三省堂「新明解国語辞典 第八版」にてジェンダード・イノベーションの一環で、言葉の定義が変更されたものがあります。
たとえば「アイライン」という言葉は、今まで「女性が目を大きく見せるために、目のまわりをふちどった線」と定義されていました。
一方で、男性でも化粧をする方がいることから、現在は「女性は」という文言が削除されています。また「手離れ」という言葉の定義は「いちいち母親がついていなくてもいい程度に幼児が育つこと」と説明されていました。しかし、子育ては母親だけがするものではないという考えから、現在は「母親」という文言が削除され「親」という表現に変更されています。
このように現在では、言葉の定義においても、ジェンダード・イノベーションの考えが反映されているのです。
スポーツ領域の事例
これまでのスポーツ領域のトレーニングプログラムやコンディショニングは、成人男性を対象にデータが構築されていました。一方で、ジェンダード・イノベーションの観点で以下の点が問題視されたのです。
- 運動時の生理反応に男女差がある
- 女性の場合、月経周期に伴う体調変化の個人差が大きい
上記の点が着目され、これまでの方法が女性の特性を考慮していないとの意見が出ました。日本体育大学の須永美歌子教授は「女性が健康を維持しながら効率的にトレーニング効果を得るためには、月経周期等、女性の身体的特性を考慮したコンディショニングサポートが非常に重要である」と提唱しています。現在では、上記を考慮したコンディショニングサポート法が実践され始めています。
まちづくり領域の事例
東京都豊島区では、女性・男性・高齢者などの視点に立ち、それぞれの人々が住みやすいまちづくりを目指した取り組みがなされています。
たとえば、育児をする女性のための施設を設置したりイベントを開催したりしています。また、育児をする男性向けの講座や家庭内性教育の講座を開設したりといったサポートを推進中です。
神奈川県川崎市男女共同参画センターすくらむ21では、女性のための防災グッズリスト、避難所運営ガイドを公開・発行しています。女性のための防災グッズリストには、化粧品や生理用品といった一般的な防災グッズリストに含まれないものが記載されているのが特徴です。また、避難所運営ガイドには以下の点が記載されています。(一部抜粋)
- 避難所には男女療法の責任者を配置すること
- 年齢や性別によって役割を固定化しないこと
- 特別なニーズ(助産婦・介護が必要な人・外国後を母国語にする人・DV被害者など)を持つ人がいることを理解すること
ジェンダード・イノベーションの一環であるまちづくりの事例は国内にとどまらず、海外でも実践されています。韓国ソウル特別市は、2006〜2010年に女性にとって優しい都市を実現するための基準を設定するために「Women Friendly City Project」を実施。本プロジェクトで設定された、主な基準は以下の通りです。
- 歩道の隙間の溝などの凹凸は幅2mm以下(女性がヒールを履いていてもストレスなく歩行するため)
- 街灯は30ルクス以上(夜間でも安全を確保するため)
- バスや地下鉄車内のつり革の位置を下げる(身長が低い女性でも利用できるようにするため)
このように、まちづくりにおいてもジェンダード・イノベーションを考慮したさまざまな事例が展開されています。
医療領域の事例
治療法の開発や疾患の解明などを目的とした研究では、分析や実験対象として動物が活用されます。その際、これまではオスの個体が用いられてきました。この背景としては、メスの個体はホルモンバランスの変化が大きいことで、安定したデータが得られにくいという理由が関係しています。しかし、臨床試験の場合、生物学的性別によって異なる反応を示す場合があります。
九州大学の溝上顕子准教授は、骨の細胞が生成する「オステオカルシン」と呼ばれるホルモン物質がオスとメスで異なる作用をすることを発見しました。オステオカルシンをメスとオスのマウスに投与した際、メスの場合はエネルギー代謝が改善。一方で、オスは脂肪細胞が肥大化するという結果がみられたのです。
こういった事例が確認されたことで、現在では性差を意識した研究が増えています。性差を捉え、適切な研究を進めることで健康被害を防止し、新しい医学の進歩につなげることが期待されています。
女性個室トイレを活用したヘルスケアリテラシーを高める ウェルビーイングチャンネルとは

女性ヘルスケア市場専門の企業支援を行う「ウーマンズ」とAIとIoTを活用して情報を配信する「株式会社バカン」が協業。女性特有の健康問題に焦点を当てたオリジナル動画番組「ウェルビーイングチャンネル」を女性個室トイレから配信する取り組みを行っています。
これまで、健康問題を防止するための情報収集は、個人の興味関心やヘルスケアリテラシーに依存していました。そこで、女性が利用する個室トイレを利用し、女性特有の健康問題に関する情報を配信。ヘルスケアに関心を持っていない女性が、ヘルスケアリテラシーを高めることで、主に以下の効果が想定されます。
- 検診受診率の向上
- 疾患・不調の早期発見
- 疾患の重症化防止
身近な存在であるトイレを活用し、女性のヘルスケアリテラシーを高めることで、女性の健康増進に貢献することが期待されています。
ジェンダード・イノベーションで住みやすい社会へ

ジェンダード・イノベーションは、農業や教育、スポーツやまちづくりなど、さまざまな場面で重要視されています。ジェンダード・イノベーションを推進することで、男女が生きやすい社会が構築され、より健康的な生活を送ることが可能です。
今後、医療・ヘルスケアを含めた領域においても、ますますジェンダード・イノベーションが取り入れられていくでしょう。
[参考URL]
ジェンダード・イノベーションが、私たちの生活にもたらすこと
ジェンダード・イノベーション~性差観点の抜け漏れは人命にも影響~
月経周期を考慮したコンディショニングサポート
【女性個室トイレから女性特有の健康問題を啓発】商業施設・オフィスビルに設置された女性個室トイレで、女性ヘルスケアに特化した番組「ウェルビーイングチャンネル」の配信を開始

医療機器メーカー(東証プライム市場上場)の営業職に約10年間従事。薬機法管理者資格、YMAA認証マーク取得。クリニック開業サポート・医院継承サポート実績あり。日々、多くの医師やコメディカルと関わり合いながら仕事しています。